概要
インダス文明(紀元前3300年 – 紀元前1300年頃)は、南アジアのインダス川流域を中心に発展した古代文明の一つで、現在のパキスタンおよび北西インドに位置していました。この文明は、その高度な都市計画、建築技術、そして独特な文化により、古代の世界において特筆すべき存在です。インダス文明は、メソポタミア文明やエジプト文明と並んで、初期の人類の都市文明の一つとして知られています。
世界史の窓
都市計画と建築
インダス文明の都市は、精密な計画のもとに建設されていました。主要な都市であるハラッパーとモヘンジョダロは、格子状の街路、排水システム、そして焼きレンガ造りの建物で知られています。これらの都市は、公共浴場、大型の倉庫、そして複雑な住宅地を含む、高度に組織された都市構造を誇っていました。
ハラッパー(Harappa)
ハラッパーは、現在のパキスタンのパンジャブ地方に位置し、インダス文明の重要な都市の一つです。1920年代に発見され、以降、多くの考古学的発掘が行われ、その重要性が明らかになりました。

- 都市構造:
- 格子状の街路: ハラッパーの都市計画は幾何学的に整っており、南北および東西に延びる格子状の街路網が存在します。街路は幅が広く、整然とした配置が見られます。
- 住宅地: ハラッパーの住宅は、レンガ造りの一戸建てや複数階建ての集合住宅がありました。住居内には、家族ごとに井戸や浴場が設けられていました。
- 公共施設: 大型の倉庫や公共浴場などの公共施設が見つかっており、これらは都市の中心部に配置されていました。特に、穀物倉庫は大規模で、都市の食糧管理の重要性が伺えます。
- 社会構造:
- 階層社会: ハラッパーの遺跡からは、異なる階層の存在が示唆される遺物が見つかっています。高級住宅と一般住宅の違いや、副葬品の違いなどから、明確な社会階層があったと考えられます。
- 商業活動: ハラッパーは交易の中心地としても機能しており、多くの交易品が出土しています。特に印章は商業取引の証明として使用され、交易ネットワークの広がりを示しています。
モヘンジョダロ(Mohenjo-daro)
モヘンジョダロは、現在のパキスタンのシンド地方に位置し、インダス文明の最も有名な都市の一つです。その名は「死者の丘」を意味し、都市の規模と高度な建築技術で知られています。

- 都市構造:
- 大浴場: モヘンジョダロの大浴場は、その大きさと構造で特に有名です。大浴場は長さ12メートル、幅7メートル、深さ2.4メートルの大きさで、レンガで作られた防水加工が施されています。儀式的な目的で使用されたと考えられています。
- シタデル(城砦): 都市の高台に位置するシタデルは、防御施設としてだけでなく、行政や宗教的な中心地としての役割も果たしていたと考えられます。シタデル内には、大型の倉庫や会議場と見られる建物がありました。
- 住宅地: モヘンジョダロの住宅は、狭い路地に沿って建てられた密集した構造を持ちます。住宅内には、井戸や排水システムが完備されており、住民の生活の質を高めていました。
- 社会構造:
- 都市の組織: モヘンジョダロは、行政的および宗教的な中心地として機能していたと考えられます。都市の規模と複雑なインフラは、高度に組織された政府や統治機構の存在を示唆しています。
- 工芸と商業: モヘンジョダロは、工芸品の製作でも知られています。特に陶器やビーズ、金属加工品が有名で、これらの製品は交易品として他地域に輸出されていました。
ドーラヴィーラー(Dholavira)
ドーラヴィーラーは、現在のインドのグジャラート州に位置するインダス文明の遺跡で、1990年代に発見されました。この都市は、その高度な水管理システムと防御構造で特に知られています。

- 都市構造:
- 水管理システム: ドーラヴィーラーは、独自の水管理システムを持ち、雨水の収集と貯蔵が行われていました。都市内には、多くの貯水槽や運河があり、水資源の管理が行き届いていました。
- 防御施設: 都市は高い城壁で囲まれており、外敵からの防御が強化されていました。城壁内には、主要な行政区域や住宅地が配置されていました。
- 公共施設: ドーラヴィーラーには、大型の公共広場や集会場があり、都市の住民が集う場所として機能していました。
- 社会構造:
- 交易の中心地: ドーラヴィーラーは、インダス文明と他の地域との交易の中継点として重要な役割を果たしていました。特に、アラビア海を通じて遠隔地との交易が行われていたことが示唆されています。
- 多文化共存: ドーラヴィーラーの遺跡からは、異なる文化や民族の影響を示す遺物が発見されており、多文化が共存していた都市であったことが伺えます。
経済と交易
インダス文明は農業を基盤とした経済を持ち、主要な作物として小麦、大麦、エンバク、綿などが栽培されていました。インダス川の氾濫原を利用した灌漑技術が発達しており、農作物の生産性を高めていました。また、都市部では手工業が発展し、陶器、織物、金属加工品などが生産されていました。

- 交易ネットワーク:
- 国内交易: 都市間の交易が盛んであり、各都市は特産品を持ち寄り、物資を交換していました。都市間の道路網も整備されており、物資の移動が円滑に行われていました。
- 国際交易: メソポタミア、ペルシャ湾地域、中央アジアなどと活発な交易を行っていました。メソポタミアの遺跡からはインダスの印章が発見されており、長距離交易が行われていた証拠となっています。
- 交易品:
- 貴金属: 銀や銅が主に交易されており、これらの金属は道具や装飾品に使用されていました。
- 宝石: ラピスラズリやカーネリアンといった宝石は、高価な装飾品として人気がありました。
- 陶器: 独特のデザインや技法で作られた陶器は、日常生活や宗教的儀式に使用されました。
- 織物: 綿を用いた織物が作られており、これらは交易品としても重要でした。
文化と宗教
インダス文明の文化は、独特の美術品や工芸品によって特徴付けられます。特に、印章や小さな彫刻が有名で、そのデザインは高度な技術と芸術性を示しています。宗教については、明確な神殿や宗教的建築物は発見されていないものの、多くの土偶や宗教的な象徴が見つかっており、多神教的な信仰が存在していたと考えられています。

- 文化的遺物:
- 印章: 動物や神話的な存在を描いた小さな石の印章が多数発見されています。これらの印章は、商取引の証明や所有権の表示に使用されていたと考えられています。デザインには、牛、象、虎、人間の姿をした神話的な存在などが描かれています。
- 土偶: 主に女性像で、豊穣や母性を象徴するものと考えられています。これらの土偶は家庭の祭壇に置かれ、家内安全や豊作を祈るために使用されていたと推測されています。
- 装飾品: ビーズやペンダントなどの装飾品が発見されており、これらは高度な技術で作られ、身分や地位を示すものとして使用されていました。
- 宗教的特徴:
- 多神教的信仰: インダス文明の宗教は多神教的であり、多くの神々が崇拝されていたと考えられています。特に自然の力や動物に関連する神々が重要視されていました。
- 儀式と祭祀: 宗教的な儀式や祭祀が行われていた証拠として、遺跡から発見された祭壇や儀式用の器具があります。これらは農業の成功や社会の繁栄を祈るために使用されていたとされています。
衰退と謎
インダス文明の衰退は紀元前1900年頃から始まり、紀元前1300年頃には完全に消滅しました。その原因については様々な仮説が存在しますが、明確な答えは未だに得られていません。
- 衰退の仮説:
- 気候変動: 気候の変動による干ばつや洪水の増加が、農業生産に大きな影響を与えたと考えられています。インダス川の流れが変わり、灌漑システムが機能しなくなった可能性があります。
- 河川の変化: インダス川の流路の変化が都市の立地条件を悪化させ、人口の移動や都市の放棄を招いた可能性があります。
- 大規模な洪水: 大規模な洪水が都市を襲い、インフラや食料供給システムに壊滅的な打撃を与えた可能性があります。
- 外部からの侵略: アーリア人などの外部勢力の侵略が、インダス文明の崩壊に寄与した可能性もあります。
結論
インダス文明は、その高度な都市計画、独自の文化、そして広範な交易ネットワークにより、古代の世界において重要な位置を占めています。その多くの謎と未解明の側面は、現代の考古学者や歴史学者にとって挑戦し続ける興味深いテーマです。インダス文明の研究は、古代文明の理解を深める上で重要な手がかりなのです。



